2009年06月17日

モスクワのクレムリンは南をモスクワ川

モスクワのクレムリンは、南をモスクワ川、北東を赤の広場、北西をアレクサンドロフスキー公園によって囲まれたほぼ三角形の形をしている。総面積は約26ヘクタール。城壁に囲まれた構内には、大小新旧様々の宮殿(パラーダ)、聖堂建築、20の塔(バーシニャ)がある。

宮殿 [編集]
モスクワ川沿いの河岸段丘には、クレムリン大宮殿(ボリショイ・クレムリョフスキー・ドヴォレッツ)を中心に、グラノヴィータヤ宮殿、テレムノイ宮殿(チェレムノイ宮殿)が林立し、これに、クレムリン大会宮殿(ドヴォレッツ・スエズドフ)や聖堂群が周囲に立てられ一つの建築複合体を形成している。この敷地の東隣はタイニツキー庭園となっている。

1481年から1891年にかけて建造された宮殿。イタリア人建築家マルコ・ルッフォ(ロッフォ)とピエトロ・ソラーリによる。ファザードが白い多面体の石で覆われているため、グラノヴィータヤ(多面体、多稜の)の名称が着いた。高さ9メートル、広さ490平方メートルのアーチ構造のホールが内部にある。帝政ロシア時代には、イワン雷帝のカザン占領記念の祝典や、ピョートル大帝のポルタワの戦いの勝利祝典など、公式行事やレセプション会場に用いられた。

テレムノイ宮殿(チェレムノイ宮殿)

英米圏では「テレム(テーレム)宮殿」の名称で呼ばれる。「テレムノイ」(露:Теремной)とは、古ルーシの言葉で「高級な住まい」を意味すると言われる。1635年から1636年にかけて造営された、16世紀に建設された2階建ての宮殿の上に3,4階を増築した。この望楼のような屋根裏部屋をテレムと称するとも言われる。この宮殿は、ロシア帝国の歴代皇帝(ツァーリ)の御所であった。五階建てで最上階は寄せ棟造りで、紅白の菱形模様の屋根が敷かれている。四階は控えの間と、玉座の間、寝室などがある。19世紀になってコンスタンチン・トーンにより下層が改装されファサードが変わった。
星と光たち
オリンピックの驚き
海のお話
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まの付く言葉
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酒に飲まれて
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クレムリン大宮殿(大クレムリン宮殿)

1839年から1849年にかけて造営された宮殿。広義のクレムリン大宮殿は、この大宮殿に上述のグラノヴィータ宮、テレムノイ宮殿を合わせたものを指す。全長125メートル、奥行き63メートルの大建築で、外観三階建て、内部二階建てである。
設計・監督はコンスタンチン・アンドレーエヴィッチ・トーン(トン)である。トーンは、宮殿建設に当たり、当時の最新技術を導入することに意を用いた。例えば、宮殿の屋根を支えるのに使われたつなぎ梁は銑鉄製であった。このほか、金属製の天井構造や、セメントの導入、亜鉛製空洞柱、銑鉄製床プレート、吊天井構造、暖房設備などが導入された。また、規模と豪華さにおいて、同時期に造営されたヨーロッパ列強の宮廷建築と比較して、これを凌駕している。宮殿には、ウラル山脈から採掘された国産孔雀石、花崗岩などの諸石材が装飾においてアクセントを形成している。このほか、家具、装飾品、織物、シャンデリア、磁器や青銅器などの装飾品は、サンクトペテルブルクやモスクワの工房に特注された逸品である。
一階には、皇帝の私室、二階には、国家行事に使用された大ホールがある。大ホールは、いずれもロシア帝国の主要な勲章にちなんで、エカテリーナの間、ウラジーミルの間、ゲオルギーの間、アレクサンドロフの間、アンドレーエフの間がある。
宮殿南棟の一階は、皇帝一家の私室であり、食事の間、皇后の謁見の間、皇后の執務室、皇后の居間、寝室、皇帝の執務室、皇帝の謁見の間の7室が一直線上に並んでいる。各室の内装は個性に富み、例えば皇后の謁見の間はロココ様式、皇后の執務室はアンピール様式などと伝統と当時の流行が程よく折衷されている。
ゲオルギーの間は、帝政ロシア時代に最高の武勲を立てた軍人に授与される聖ゲオルギー勲章の叙勲式が行われた。クレムリン大宮殿の各ホール中、最も大きく、最も荘重である。全長61メートル、全幅20,5メートル、高さ最大17メートルの威容を誇る。天井には重さ1,3トンの金メッキされたシャンデリアが6基取り付けられている。床は、胡桃、マホガニー、桜、白樺、林檎、梨、白樺、黒檀などの異なる木材で構成される寄木造りとなっている。帝政時代、ソビエト時代、そして現在のロシア連邦を通じて国家的祝典に使用された。
ウラジーミルの間は、楕円形で、帝政時代には皇帝の謁見を待つ貴族のいわば溜の間であった。このほか、外国からの使節を謁見したり、条約調印の会場として使用された。1972年、ニクソン、ブレジネフ両首脳によるSALT1の調印式典でも会場となった。勲章授与式にも使用されている。
アレクサンドロフの間とアンドレーエフの間は1939年に壁を撤去し、一つのホールとなり、ソ連最高会議及びロシア・ソビエト連邦社会主義共和国最高会議の議場として使われた。

2009年05月31日

猛安・謀克

猛安(もうあん)・謀克(ぼうこく)とは中国、金の支配民族女真族の社会組織・軍事組織のことである。女真の間に元来行われていた社会制度を元に、金の太祖阿骨打によって創始された。この制度を指して猛安・謀克制と呼ぶ。
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猛安・謀克制は、兵士となることができる成年男子300人を含む300戸を謀克(ぼうこく、ムクンあるいはムケ)とし、10謀克を猛安(もうあん、ミンガン)として、女真族を編成する社会組織・軍事組織である。ミンガンは女真語で「千」を意味し、戦時には1猛安から1000人の兵士が供出された。謀克は村長に統御され平時は共同で狩猟・交易・農耕を行う集団である女真族の自然集落を基盤とする集団であり、女真族固有の社会組織に由来するが、モンゴル帝国など北アジアの遊牧民族の間で広く行われた十進法軍事組織とも関係が深いと考えられる。

金が北宋を滅ぼし、華北に進出すると、女真族も猛安・謀克の組織編成を保ったまま華北に移住させられ、屯田させられた。しかし、漢地に入ると漢民族に比べて農耕や商売の技術に劣る女真族は積み重なる軍役のためもあって財産を漢族に借金の担保として取られ次第に困窮し、また『金史』を中心とした中国側諸史料によれば、彼らは漢文化の影響を受け元来の野性的な女真の武風を失っていったとされている。猛安・謀克が衰えたとされる世宗時代は確かに大の盛世とされるが、各地で反乱が相次いでいたのも事実であり、金朝の国勢と猛安・謀克制の関連付けにはなお不明な点が多い。

2009年04月28日

新選挙法を制定

ムッソリーニは、1923年ファシスト党に有利な新選挙法を制定、1924年にはユーゴスラヴィアと直接交渉でフィウーメを獲得[5]し、ファシズム政権最初の外交的勝利となった。1925年から26年にかけて結社や治安・行政権の集中に関する諸法律を制定、1926年11月にはファシスト党以外のすべての政党の解散を遂行して、ファシスト産業組合を設立して労働組合を統制し、言論の自由をきびしく制限して一党独裁制を確立して、イタリア王室、軍部、財界などの支持を得て独裁体制をととのえた。なお、ファシスト産業組合は1927年、「労働憲章」によってファシスト労働組織として確定された。

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1928年9月には、首相ムッソリーニを議長とするファシズム大評議会(ファシスト党の最高議決機関)を正式に国政の最高機関とし、国家と党の一体化を完成し、強力な統制経済によって経済危機をのりこえようとした。1929年には教皇ピウス11世とラテラノ条約を結び、ローマ教皇庁との和解が成立し、イタリア王国はカトリックを唯一の宗教とすることを認め、ローマ教皇の主権下にヴァチカン市国がイタリアから独立することを承認した。これにより、1870年以来つづいてきた教皇庁とイタリア王国の対立は解消し、ファシスト党はカトリック教徒の支持を確保したこととなる[6]。ムッソリーニは、ローマ教皇庁に対し、小中学校におけるカトリック教育の義務化、聖職者の徴兵の免除、教会の葬祭・婚姻の統制などを認めるなど大幅に譲歩し、これらと引き替えにファシスト独裁体制の威信を高めることに成功した。

ムッソリーニはつとにヴェルサイユ体制の打破を唱えた。また、「古代ローマ帝国の復興」を掲げたが、これは単なる士気向上が主目的であり、現実味の片鱗もない話ではあった。経済危機を打開するために膨張主義政策に着手し、1927年にはアルバニアを保護国とし、1935年10月にはエチオピアへ侵攻した(第二次エチオピア戦争)。しかし、予想以上の苦戦を強いられたイタリア軍は当時でも禁止されていた毒ガス兵器を使用し、そのことを国際連盟で追及されると、イタリアは「エチオピア人は文明人と認められない」という無茶な理論で応えている。なお、1938年、ムッソリーニは人種法を制定している。

経済政策の面では、1922年から1925年にかけてアルベルト・ステファニ(it )が政府のコストを削減し、民間企業をほとんど国有化することなく、一時頻発したストライキをおさえ、景気は回復して失業者も減少し、生産力も増した。治安も改善して、特にマフィアの活動を押さえ込んで犯罪件数を減少させた。所有形態を維持しながら一連の成果を挙げたため、イギリスやアメリカなどの民主主義国家の指導者や評論家のなかにも「ムッソリーニこそ新しい時代の理想の指導者」と称える向きがあり、辛口な論評で知られたイギリスのウィンストン・チャーチルさえ「偉大な指導者の一人」と高く評価していた。しかし、1929年の世界恐慌の影響により失業者が100万人以上に膨れ上がり、次第に財政支出を増やし始め、第二次世界大戦が開戦する1939年までには、イタリアはソビエト連邦に次いで国有企業の多い国となった。1939年3月、議会を廃止して全国組合協同会議にかえ、全体主義の組合国家体制としている。

2009年04月12日

女神ニンフルサグとエンキの後裔たち

エンキは、理想的な神ではなかった。水の神にしてはビール好きであり、繁殖・豊穣の神にもかかわらず、近親相姦を行った。伝説によれば、エンキは配偶者ニンフルサグとの間に女神ニンサル(Ninsar:植物を司る)という娘があったが、ニンフルサグの不在の間、ニンサルと関係を持ち、女神ニンクルラ(Ninkurra:農耕・牧畜を司る)という娘をもうけた。

さらに、彼はそのニンクルラとも関係を持ち、女神ウットゥ(Uttu:機織り、もしくは蜘蛛を司る)をもうけた。

そしてさらにエンキは女神ウットゥと関係を持った。しかし、エンキは、ニンサル・ニンクルラに対してしたのと同様に、しばらくするとウットゥのもとを去ってしまい、困惑した女神ウットゥは、戻ってきた女神ニンフルサグにそのことを相談した。ニンフルサグは、エンキの見境のない欲求に憤り、ウットゥに対して、水神エンキの勢力のおよばないよう、川の水辺から逃れるよう言った。そして、ニンフルサグは、ウットゥの子宮からエンキの精を取り出し、土に埋めた。すると、そこから8種類の植物が芽を出し、みるみると成長した。エンキは、僕である双面のイシムードとともに、それらの植物を探し出すと、その実を食べてしまった。自らの精を取り込んでしまった彼は、あご・歯・口・のど・四肢・肋骨に腫れ物ができてた。エンキは途方にくれていたところ、ニンフルサグの聖なる狐がウットゥを連れ戻してきた。

ニンフルサグの心は和らぎ、エンキの体からアブ(Ab:水、または精)を取り出し、ウットゥの体に戻した。ウットゥからは8つの神(アブー(Abu)、ニントゥルラ(Nintulla:またはニントゥル(Nintul))、ニンストゥ(Ninsutu)、ニンカシ(Ninkasi)、ナンシェ(Nanshe)、エンシャグ(Enshag:またはエンシャガグ(Enshagag))、ダジムア(Dazimua)、ニンティ(Ninti)が生まれ、エンキの体の各部にあった腫れ物は癒された。このように、上記の神話物語は総じて、土(女神ニンフルサグ)に「水(エンキ神)」が加わることによって生命が産み出されるということ、また、生命が生み出され育った後も、例えば植物が果実を形成する時など、再び「水」が必要とされるということを、象徴的に示している。

さて、8神のうちニンティ(シュメール語で「あばら骨(Rib)から出た女神」)は、ニンフルサグの称号のひとつである「生命(Life)の女神」と、語感上の関連性がみられ、ニンティが生命の女神としての役割をニンフルサグから引き継いだことが考えられる。ニンティは、その後、すべての生命の母として称えられるようになった。それは、後世のフルリ人の女神ケバ(Kheba:ヘバート(Hebat)、ケパート(Khepat)ともいう)も同様である。また、『旧約聖書』の「創世記」においてアダムのあばら骨から作られたとされる、イヴ(ヘブライ人の神話ではハッワー(Chavvah)、アラム人の神話ではハウワー(Hawwah))についても、同じ呼び方であり、上記のシュメール人の神話が転じたと考えられる。

ミシシッピ州、ミルサップス・カレッジ(Millsaps College)のロバート・マッケルバン(Robert S. McElvaine)教授は、これらの神話は家父長制成立の黎明期に成立したことを示そうとしている[1]。神話のストーリーによって、すでに慣行となっていた男性のよる支配を正当化しようとしているとのことである。上記の神話においては、生命を生み出す過程で女神ニンフルサグが積極的な役割を果たしているが、その後の家父長制となるにつれ、男性の精が生命を生み出す種子として位置づけられる一方、女性は「大地のように、豊かで、肥沃でしかし種子がその中に根を張らない限り空虚である」(P125)存在に矮小化されたとらえらえれ方をされるようになった。「種子のメタファーが、男性を、命を生み出す際には傍観者の役割にしかすぎない状態から一歩進ませて、神のような創造者として位置づけた一方で、女性の位置づけは生命の創造者そのものから、創造の力を持たない土くれのようなものに変質させた」(P128)。

全地の言葉を乱す [編集]
シュメールの叙事詩『エンメルカルとアラッタ市の領主』では、ウルクの王であるエンメルカルが神話を語り始める部分として、以下のように述べられている(原典からの英訳は、サミュエル・ノア・クレーマー(Samuel Noah Kramer)による)。

かつて、蛇も、さそりも

ハイエナも、獅子も、

野生の犬も、狼も存在せず、

恐れも、恐怖もなく、

人間に敵するものはなかった。


かつて、シュブール(Subur)とハマジ(Hamazi)の国には、

王子の法によって治められる偉大なる地、シュメールと、

同じ言葉を話す人々が住んでいた。

また、ウリ(Uri:アッカドをさす)は、すべてがしかるべくあり、

マルトゥ(Martu:アムル人の国)は、安らかであった。

世界全体は、神エンリルのもとでひとつの言葉を話し、

調和のなかにあった。

そのとき、多産・豊穣の主であり、

知性の主であり、地を知悉する者であり、

神々の指導者である神エンキは、

エリドゥの主に知恵を授け、

ひとつの言葉を話す人間たちの

口から出る言葉を変えさせ、争いをもたらした。

フェルト オレキ マッチ キャム プロポ オオセンナ パドルボ ダカー 国道18号線 ストー ヤン サンゴ ウェー ジグラート ないえ ショルダ イチゴ マリネ シュラフ デュポン ジェイペグ 古時計 スペクト ビージ レベル ゲッケイ カーン マエスト ツルウ オギジ レアメ スキーマ ネオジム ラズライ トリトマ ビレイ きあか スフィン レザー ジャムウ ファイ ファクト オキナグ ハイクラ ケフェウ ペクシ スノー チェンジ スケイ ダカール


2009年03月28日

緊急避妊

医療機関によっては緊急避妊としてモーニングアフターピルが処方される。IUD・ミレーナの挿入という方法が採られることもある。

アメリカ、フランスなどでは強姦被害者などに緊急避難的にモーニングアフターピルが処方されてきた。できるだけ早いほうが高い避妊効果が期待できるが実際には 100?120時間くらいまで効果が得られるという調査結果がある。ただし中用量ピルあるいは低用量ピルを通常服用量の数倍量飲むことにも相当し、吐き気などの副作用が強く出る可能性がある[1][2][3]。

ピルを服用する緊急避妊により受精卵の着床を阻止することは命(受精卵)を強制的に殺すこと、つまり中絶であり、この薬は『人工妊娠中絶薬』(子おろし薬)であるとして使用を非難する人々もいる。

殺精子剤 [編集]
その名の通り、精子を殺す作用のある薬剤を性交の一定時間前に膣内に挿入し、避妊を行う。薬剤は時間が経つと溶け精子が侵入しても死滅してしまう。効果のある時間は決まっているので、射精のタイミングにより失敗することがある。
自然に性交のできる方法であるが、避妊の確率はあまり高くない(PI:6-26程度)。そのため、他の避妊方法との併用が好ましい。

以下の3種類のタイプが存在するが2006年現在、薬局での取り扱いはかなり限られている。

錠剤
ネオサンプーン ループ錠:発売/エーザイ
ネオサンプーンの成分はメンフェゴールである。
ゼリー
FPゼリー:発売/日本家族計画協会(製造/第一薬品産業株式会社)
FPゼリーの成分はポリオキシエチレンノニルフェニールエーテルであるが、すでに発売中止されている。
フィルム
マイルーラ(2001年3月以降、製造中止)が有名

薄いオブラート状フィルムを折りたたんで、膣内の子宮近くに挿入する。
マイルーラの成分もFPゼリーと同じく、ポリオキシエチレンノニルフェニールエーテルである。
その他
坐薬形状のもの(指で腟内に挿入する)や、アプリケーターでゼリーないしフォーム状の殺精子剤を注入するもの、殺精子剤をしみこませたスポンジを腟内に挿入するものなど、海外では様々な製品が販売されている。ただし、皮膚刺激の強いものもあり、人によってはかぶれる場合があるので、注意して使用する必要がある。

生理的変化を利用した避妊 [編集]

オギノ式 [編集]
女性の月経の周期に基いて妊娠可能な期間を計算・予測し、その期間を避けて性行為を行う方法。周期法とも呼ぶ。簡便な方法であるが、排卵の乱れなどで予測を失敗して妊娠してしまう可能性もある(PI:9程度)。不妊治療のため日本人産婦人科医・荻野久作が発見した月経周期に関する「荻野学説」が避妊法に流用されたものである。
なお、荻野久作本人は自分の学説が避妊法として利用されることについてはより確実な避妊法が存在するゆえ、中絶の増加につながるとして大いに反対していた。「女の身体には1日たりとも『安全日』などありはしない」「迷惑だ。むしろ不妊治療に役立つ学説だ」と主張しつづけたと言う。現在、ローマカトリック教会の教学上、(妊娠しやすい期間の逆用という理由で)唯一認められている避妊法でもある。


基礎体温法 [編集]
女性の月経の周期のうち、基礎体温を計測して低温相から高温相に変わった日(排卵日)を知り、それから4日目以降に性行為を行う方法(PI:3程度)。毎日規則正しい生活を続け、かつ定時に基礎体温を測りつづける必要がある。


その他の方法 [編集]
この他、子宮頚管粘液の状態で排卵日を確認する頚管粘液法もある(PI:2程度としているが、詳しく検証されているかなど不明である)。


外科的手法 [編集]

不妊手術 [編集]

不妊手術(sterilization)とは卵管、または精管を外科手術によって縛り(結紮)、卵子や精子の通過を止めることによって避妊する方法である。一度この手術を行ってしまうと自然妊娠のためには再度手術を行わねばならず、この手術には十分な注意が必要である。

膣外射精 [編集]
性交時に射精の寸前に陰茎を膣から抜いて膣外に射精を行うこと。精子は射精時の精液だけでなく、前段階で分泌されるカウパー腺液中にも僅かに存在する場合があるため確率の高い避妊法とは言えず通常は避妊法としてカウントされない(PIは4-19程度)。

性行為の制限 [編集]
オーラルセックス
男性器を女性器へ挿入することなく、女性が手や口を使い射精させる性行為。
肛門性交
男性器を膣の代わりに肛門へ挿入し射精する性行為。膣へ挿入していないので通常妊娠することはないが、膣と肛門が近いため肛門への精液が膣に流れ出ることによる妊娠がありうる(その他の問題については「アナルセックス」の項を参照)。

江戸時代の避妊 [編集]
日本の江戸時代の遊郭の女郎の避妊方法としては、膣に和紙を詰めるなどの方法で、精液の注入を妨げて受精を防ぐという、ペッサリー/リングに共通するような方法を取っていたが、失敗率は高く闇で中絶や出産してすぐ遺棄されるなどの例は多かったという。

避妊論争 [編集]
避妊を強く非難する意見や逆に積極的に広めようとする意見があり、論争が続いている。

避妊とは言うなれば生殖という生物学的な由来を捨て去り、完全に個人の快楽のための性行為を可能にする手段であると言える。性を罪悪視する人々にとってはこれは「性行為を認めるべき唯一の理由(生殖)」が欠けたということであり、彼らは避妊を伴う性行為を否定している。教義上「産み繁殖すること」が奨励される宗教も存在し、それらの信者にとっては避妊は忌むべきものである。カトリックでは夫婦愛の姿として性を捉え、快楽追求のための避妊は否定している。

一方で避妊とは女性のみに妊娠という母体に負担を掛けることから解放して自由度を高め、男女が平等に性を謳歌することを可能とする手段とも言え、フェミニストや性的快楽を是としてあまり罪悪視しない人々の間には賛成する声も多い。
しょうや ムンバ イルラ 永遠の約束 ブースター サルフ 享禄 きんちゃく パンダル マネタリ アップ アート フラゲ ニュース 星かげ 月の宮 スタジ 野の花 リミット トラック 日本海 ケーソ ブラワサ じょうるり レビュー 未来世紀 ビッドレ オーバ ストーンカメ 女峰 ブッファ シャリン セイシェル ファイ シング スチーム ティグ バトル ストップ レーダー オーパーツ ブイエ デデリ ギブアップ ピラー 時計台 タネソウ サーチカヤ タイミ レジュ

虚構上の避妊描写 [編集]
ほとんどすべての小説、映画、ビデオその他の中の避妊の措置が当然なされるであろうと思われるいわゆる和姦描写において、その描写はリアリズムが標榜される場合においてさえ、意図的に回避される。このことを問題視する作家に姫野カオルコなどがいる。

2009年03月12日

ポレッチ

ポレッチ (クロアチア語:Poreč、イタリア語:パレンツォ Parenzo、ラテン語:ParensまたはParentium、ドイツ語:パレンツ Parenz)は、クロアチア・イストラ郡の都市。イストリア半島西岸にある。

ポレッチはおよそ2,000年の歴史をもち、小さなスヴェチ・ニコラ島(聖ニコラオス島)によって海から港が守られている。市の人口およそ12,000人はほとんどが周辺に住み、ポレッチ地域全体の人口はおよそ17,000人になる。市の面積は139平方キロメートルで、ノヴィグラード(イタリア語名チッタノヴァ)近郊のミルナ川から南方のフンタナ(イタリア語名フォンターナ)とヴルサル(イタリア語名オルセーラ)まで伸びる37キロの長い海岸線を持つ。

近辺は先史時代から知られていた。紀元前2世紀、ローマ人のカストルム(軍事拠点に建てられた建物)が、市中心部の位置するほぼ400メートル×200メートル区画の広さしかないちっぽけな半島に建てられた。アウグストゥス帝時代の紀元1世紀、パレンティウムは公式に都市となり、ローマ植民地コロニア・イウリア・パレンティウム(Colonia Iulia Parentium)の一部となった。3世紀、この場所は既に、初期キリスト教複合施設を持つキリスト教徒コミュニティーを抱えていた。パレンティウム司教であり殉教者の聖パレンティウムのマウルス(ポレッチの守護聖人)の聖遺物を持つバシリカが、5世紀にこの地に建てられた。

476年にローマ帝国が滅び、別の支配者と権力者が治めるようになった。始めは東ゴート王国、539年以降は東ローマ帝国の一部となった。東ローマの支配は6世紀終わりに終焉を迎えた。788年以後、フランク王国の支配を受けた。12世紀に短期の独立時代を迎え、のちアクイレイア総主教に支配された。1267年、パレンツォはヴェネツィア共和国の一部に選ばれた最初のイストリア都市となって、その支配はさらに5世紀以上続いた。ヴェネツィア時代にパレンツォにはいくつかのヴェネツィア風邸宅、広場、宗教施設が建設された。1354年、ジェノヴァ人の侵攻でパレンツォは破壊された。1363年、町は都市法令を与えられた。16世紀終わりから17世紀初頭にかけ、人口はペストにより大幅に減った。18世紀のカンポ・フォルミオ条約でヴェネツィアが衰退したのち、パレンツォはオーストリア帝国の主権に下った。
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1797年から1814年、パレンツォはナポレオン制定のイリュリア州(帝政期の行政区画)の一部となり、名目上フランス帝国に組み込まれた。短期間のフランス支配後、オーストリア=ハンガリー帝国に復帰した。1844年、パレンツォ=トリエステ間に蒸気船の定期航路ができた。

1861年から、パレンツォはイストリアの県都となり、地方議会、学校、行政・司法庁舎などが設置された。この時期、徐々に町は造船業の中心地となっていった。また、オーストリア貴族に人気のあるリゾート地となっていった。1902年、レール幅の狭い鉄道線がパレンツォとトリエステを結んだ。

1918年以後、ポレッチはイタリア王国に併合された。第二次世界大戦中の1943年、ユーゴスラビアがポレッチを占有するようになり、公式にクロアチア語名ポレッチに替えられた。代々暮らしてきたイタリア系市民は退去を余儀なくされ、スラヴ人に取って替わられた(ユーゴスラビアの他地域からの移民であった)。

戦後、社会主義化されたユーゴスラビア連邦の一部となったポレッチは、イストリアの他の自治体同様、クロアチア社会主義共和国に属した(コペルだけスロヴェニアに属したことで、国土のほとんどが内陸にあるスロヴェニアに数キロの海岸線が与えられた)。この内陸の境界線が、1991年6月のクロアチア独立宣言の際、クロアチアの一部となったポレッチとクロアチア諸都市とを結ぶ道路が整備される原因となった。

ポレッチの気候は極めて温暖で、過酷な夏の暑さとは無縁である。8月の一ヶ月が最も暑く、平均気温30℃で低湿度である。1月の平均気温が最も低く、5℃である。年間日射時間は2,400時間を超え、夏期の晴天は一日平均10時間である。海水温は28℃になり、外気温がポレッチよりも高い南部クロアチアの海岸と比較しても高い。年間平均降雨量は920ミリで、一定の時期だけ降るのではなく、一年を通して平均的に降る。この地域に吹く風はボーラといい、冬期に北から冷たく住んだ天候をもたらす。ユーゴ(Jugo、jugとはクロアチア語で南を意味する)またはシロッコは暖かく、南から雨雲を連れてくる。夏のそよ風は、陸から海へ向けて吹きミストラルと呼ばれる。

自然の特徴
バレディネの洞窟はイストリアで唯一公開されている地理学上の記念物で、ポレッチ付近にある。バレディネ洞窟では、石筍が奇妙なかたちになっている。石筍の一つは聖母マリアに似ており、その他はピサの斜塔に似ている。リム湾はフィヨルドに似た全長12キロの入り江で、パジンチツァ(Pazinčica)川が海へ向かって大地を浸食してできあがった。石英の玉石が時折ここで見つかり、海にさらされる。

景色は地中海性の植生が豊富であり、マツやウバメガシ、ヒメイチゴなどの常用樹の藪が広がる。数台に渡って、肥沃な赤土(テラロッサ、またはツルリェニツァ Crljenica)が農業に用いられてきた(穀物、果樹園、オリーヴ園、野菜畑など)。現在有機農産物の生産が行われ、オリーヴ、ブドウ、またマルバシハ、ボルゴンハ、メルロー、ピノー、カベルネ・ソーヴィニョン、テランといったワイン用ブドウが栽培されている。

2009年02月24日

バイオハザード CODE:Veronica

バイオハザード CODE:Veronica(-コードベロニカ)は2000年にカプコンよりドリームキャスト用として発売されたホラーアクションアドベンチャーゲーム。バイオハザードシリーズの第4作である。本作以降はタイトルナンバーと発売順が一致しなくなった。開発はネクステック。

CEROの年齢区分によりD(17歳以上対象)とされている。(旧年齢区分18歳以上対象から新区分D(17歳以上対象)となった。

アメリカ中西部の街ラクーンシティから脱出して3ヶ月後、クレア・レッドフィールドは行方不明の兄の僅かな手がかりを頼りにヨーロッパへ向かうが、アンブレラのビルに忍び込んだところで捕まってしまい、絶海の孤島「ロック・フォート島」に閉じ込められる。果たしてクレアは兄と再会できるのだろうか。

第2作『バイオハザード2』の3ヶ月後を描いた出来事。プレイヤーはゲーム前半はクレアを、後半はクリスを操作してバイオハザードが発生した施設からの脱出を目的とする。タイトルナンバーは付いていないが、時系列的に捉えれば、『2』と同時進行する別の事件を描いていた『バイオハザード3』よりも続編らしいといえる。

当初は「ドリームキャストのみで発売されるバイオ」という触れ込みであったが、のちにアルバート・ウェスカーが活躍するムービーの追加など様々な改修が行われた完全版が他機種に展開された。完全版ではシステムの変更は無い。

シリーズ作品の中でもストーリーが長い部類に入る。

システムの特徴・概要など
2丁拳銃の登場、プラットフォームをドリームキャスト、プレイステーション2、ゲームキューブに移したことによるグラフィックの向上、「固定カメラ」視点から「移動カメラ」視点への変更などが主な特徴である。

従来の作品でも一時的に操作するキャラクターが変わったり、同時に行動していた別のキャラクターを操作するという事はあったが、本作では前半のクレアと後半のクリスに完全に2分されており、アイテムもアイテムBOX(アイテムを保管する場所)を通して共有している。クレアとクリスの操作のキャラ交代のとき、クレアにアイテムを持たせたままにすると持ち逃げ状態となり、クリスの手元(アイテムBOX)には戻ってこない。よって、強力な武器がなくなることもありうる。逆に強力な武器をアイテムボックスに残しておけば、クリス編は有利となるが、クレア編の最後にはボス戦があるので注意が必要である。また、ストーリーの長さの割にハーブや弾薬の入手機会が少なめで難易度はシリーズの中では高い部類に位置する。

ナイフの攻撃力や部位破壊などの武器に関しての仕様や演出が一部従来のシリーズ作品と異なっている(詳しくは後述)。

おまけゲームとして「BATTLE GAME」という物があり、本編クリア後にプレイができる。クレア(2種類)、クリス、スティーブ、ウェスカー各キャラクターを操作して道中に現れるクリーチャーを全て排除し、最後にボスと対決。クリア時のタイムによってランクが決定。それぞれ決められた武器を所持しており、装弾数は無限。全てのキャラクターでSランクを獲得するとリニアランチャーがバトルゲーム中で使用できるようになる。

クレア・レッドフィールド ( Claire Redfield )
前々作『バイオハザード2』の主人公の1人。兄であるクリスの捜索の為にアンブレラのパリ研究所ビルへ潜入し、激しい銃撃戦を繰り広げるが逮捕され、ロックフォート島に収監される。島が襲撃された際にロドリゴにより開放され、スティーブとともに脱出を目指す。兄クリスを非常に慕っているが、一方ではスティーブに対しお姉さんぶる一面も。バイオハザード2とは顔つき、服装が異なっている。また、バトルゲームでは本編の服装とは別にレースクイーン姿で登場する。
クリス・レッドフィールド ( Chris Redfield )
『バイオハザード1』の主人公であり、クレアの兄。元はラクーン市警察の特殊部隊S.T.A.R.S.の隊員であったが、洋館事件(『1』の舞台)によって隊は壊滅。生き残ったメンバーとしてアンブレラの実態を暴くためヨーロッパに渡り調査を行っていた。レオンからの連絡を受け、クレアを救出するためにロックフォート島へ赴くが、すでにクレアは脱出した後であった。代わりに彼は思わぬ“旧友”と再会することになる。崖下からロックフォート島にロッククライミングで侵入するなどその強靭な肉体は健在。そしてロッククライミング中に持ってきた装備を殆ど失ってしまう少々抜けたところも健在。
スティーブ・バーンサイド ( Steve Burnside )
ロックフォート島の監獄に父親と共に囚われていた17歳の少年。島内の混乱に乗じて脱走し、同じく収監されていたクレア・レッドフィールドと出会い、島からの脱出の為に協力しあう事になる。父親が原因で母親を殺され、自分は投獄されてしまったためやや人間不信に陥っており、家族の絆という物に嫌悪感を示す。その為か、力の象徴である銃に対し並々ならぬこだわりを持つ。クレアと行動する内段々と心を開き、信頼を寄せるようになる。オリジナル版と完全版では髪型が異なる。
南極のアンブレラの施設内で捕らえられ、T-Veronicaを投与されてモンスター化させられクレアに襲い掛かる。最後には理性を取り戻しクレアを助けるが、触手により致命傷を受け、最期はクレアに愛を告げ逝った。肉体はアンブレラを裏切り対抗組織に身を置くアルバート・ウェスカーに持ち去られる。ウェスカーの台詞から、今後何らかの形で再登場する可能性もある。
アルフレッド・アシュフォード ( Alfred Ashford )
アンブレラ社所有のロックフォート島の責任者。アンブレラの創設メンバーの一人、エドワード・アシュフォードの孫にあたり、アレクシアの双子の兄。無能な父を軽蔑し、かつてあったアシュフォード家の貴族としての栄光を取り戻そうと躍起になっているが、司令官として優秀とはいえず様々な問題を抱えており、また妹アレクシアへのコンプレックスもあって倒錯した人格を形成している。兵器マニアであり、娯楽で囚人を惨殺して楽しみ、アレクシアがいない寂しさに耐え切れず妹の人格を生み出してしまうなどかなりの変人である。アレクシア曰く「忠実だが無能な兵隊蟻」。
アレクサンダー・アシュフォード ( Alexander Ashford )
アシュフォード家の6代目当主で、アルフレッドとアレクシアの父親。当主として優秀な人物とは言えなかったらしく、アシュフォード家の栄光は彼の代で地に落ちることとなる。かつての栄光を取り戻すべく、専攻していた遺伝子工学から初代当主ベロニカの再臨を考え始める。そしてそれは成功し、ベロニカの再来であるアレクシアが誕生することになる。しかし彼にとって予定外だったのは生まれたのが双子だったことである。彼曰くアルフレッドは「普通より知能は高いが天才ではない」子供で、必要とされていなかった。後にアレクシアが生み出したT-veronicaの実験体とされ、ウィルスとの共存に失敗して凶暴な怪物「ノスフェラトゥ」となる。
アレクシア・アシュフォード ( Alexia Ashford )
ロックフォート島の責任者・アルフレッド・アシュフォードの双子の妹。家系的には先代当主アレクサンダーの娘であるが、実際にはアルフレッドと共にアシュフォード家初代当主ベロニカをクローン技術で蘇らせたクローン人間であり、アレクサンダーの血は受け継いでいない。稀に見る高い知能を有した天才科学者であり、ウイルス、バイオテクノロジーの研究で才能を発揮していたが、1983年、弱冠12歳にして南極アンブレラ基地の研究施設でウイルス研究から生み出したT-Veronicaウイルスを自身に投与、実験中の事故で死亡したと偽り以後15年間ものコールドスリープに入っていた。自分以外の人間を愚民として見下すなど自尊心が強い。
アルバート・ウェスカー ( Albert Wesker )
『バイオハザード1』の登場人物であり、元S.T.A.R.S.アルファチームの隊長。しかしその実体はアンブレラの研究員であり、組織の鞍替えを目論み「洋館事件」の裏で暗躍していた人物であった。洋館事件で死亡したと思われていたが、同僚であったウィリアム・バーキンから貰った「使用すれば一度仮死状態になり、超人的な能力を持って復活する薬」(G-ウイルスか、もしくはその改良品と考えられる)を摂取していた為、復活。その副作用か瞳孔が変化し、爬虫類を思わせる細い赤く光る目になった。アンブレラと敵対する製薬会社「H.C.F.」の部隊に参入し本作に登場。部隊を率いてロックフォード島を襲撃、T-Veronicaの確保に成功する。同時に、再びクリスと相対することになり、その憎しみをぶつけている。復活とその後の詳しい経緯は完全版の限定版に付いていた「ウェスカーズリポート」に記されている。ちなみにアレクシアと対峙する際、オリジナル版では手も足も出なかった事に対し、完全版では残像を残して壁を走ったり、素手で殴ったりと互角の戦いを演ずる等その超人ぶりが目立っている。
余談だが、「俺はクリスに殺された、クリスが憎い」と発言するシーンがあるが『バイオハザード1』ではリメイク版も含め、いかなるルートでクリアしたとしてもクリスがウェスカーを殺害するシーンはない。
クリア後のバトルゲームで使用することが出来るが、武器がナイフしかないため難易度は非常に高い。但しその分ランクの決めが非常に甘く、一時間以内にクリアすれば確実に最高のランクが手に入る。
ロドリゴ・ファン・ラバル ( Rodrigo Juan Raval )
アンブレラのヨーロッパ支部・パリ研究所の第3警備部隊長であり島の刑務官。クレアをとらえた張本人。元はロックフォート島の住人であった一族の1人であり、アシュフォード家が施設を作るため島民のほとんどを強制退去させた後も先祖の墓を守るため、刑務官として就任していた。家族に先立たれている。アンブレラの非人道性に嫌気がさしており、島の崩壊に際しクレアを牢から解放した。負傷しながらも島の爆発後には家族の墓前に向かい、島に到着したクリスの前で逝く(クレアが事前に止血剤とライターを渡すか否かで迎える最期が異なる)。
D.I.J.
何らかの実験により人並みの知性を獲得、言語を解せるようになった(しかし喋れない)ネズミ。こちらもバイオハザードの起きた島から脱出しようと試みておりムービーを注意深く見るとちらっとその姿を見せていることがある。「チキンではない」らしい。彼の行動を記した日記をBATTLE GAMEで手に入れる事ができ、その日記にはタイラント戦でクレアを手伝ったと書かれているが、何をしたのか、また役に立ったのかは不明。最後はウェスカー達の潜水艦に乗り込み脱出した模様。
ノーメーク ジェルカン かじぼう スリナ ひこぼ ビオトープ マイクナキ フルーツ カラー ロッキー スイン ナナカマ けいは でんと ノクラス あみだ ジャン ストーン いかりがせ ハーモニー オーリ シングル キッザニ ガポド キック ヤード ダン アップテロ トリガー タフタ ムチン キューテ タイゲーム ハーフアド ききょう リズム でんでん イーグル ディルド オーラオン スケート ラッシ フルート 時の舟 セラック キープ モノクロ デリック フリーラ ブラック

登場クリーチャー
ゾンビ ( Zombie )
島の作業員や囚人、特殊部隊の人間などがT-ウイルスに感染し、歩く屍と化している。本作では生前の職業(服装)によって能力が変動するようになっており、例えば墓場に埋められていたゾンビは腐敗がひどいので能力が低く、逆にウェスカーの部下である特殊部隊員のゾンビは能力が高い。他にも顔つきや装飾品などの細かなバリエーションが特色である。爆弾を背負っているゾンビも登場、爆破オブジェクトと同じ扱いになり火器で攻撃すると爆発して周囲を巻き込む。また、寄生虫を腹に宿しているゾンビも存在し、ランダムで寄生虫が外に飛び出して操作キャラクターを攻撃する。本作のゾンビは、部位破壊は存在するものの“頭部を失う”などの部位欠損描写が無く、例え頭部を破壊しても(肉片が飛び散るような演出こそあるが)見かけ上は何も変わらない。ロケットランチャーを撃ち込んだとしても五体満足のまま黒コゲになるだけである。他作品よりも全体的に移動スピードが速く、不意に加速したりもするのでハンドガンでは止めきれないケースも多々ある。ナイフで一定距離から攻撃するとダウンさせることができる。
ゾンビ犬 ( Zombie dog )
軍用犬として飼育されていたドーベルマンが二次感染を起こした物。
コウモリ ( Bat )
島に生息していた野生のコウモリが、T-ウイルスに感染した物。サイズはあまり変わらないが、凶暴さが増しており、人間に積極的に襲い掛かってくる。暗く湿った場所に群れで生息している。走ったり銃を撃ったりして物音を立てなければ襲い掛かってこず、またライターを装備していれば近寄られることはない。
砂虫 ( Gulp worm )
ミミズをベースにT-ウイルスの投与、遺伝子操作によって生み出されたB.O.W.で、人間を丸呑みできる程の巨体を持つ。試作段階の物を、ロックフォート島の訓練施設にて行われていた対B.O.W.対策部隊による模擬戦闘の相手として用い、データ収集していた模様。ラクーンシティに出現した「グレイブディガー」に酷似しているが、「グレイブディガー」がウイルスの二次感染により偶発的に生まれたのに対し、砂虫はこれを元にB.O.W.として研究開発された物。地中を掘り進んで移動し、獲物の臭いを感知して襲い掛かってくる。
バンダースナッチ ( Bandersnatch )
タイラントをベースにした量産型B.O.W.の試作品。1つの兵器としての完成度よりも量産性を重視されて生み出された。退化した左腕に比べ右腕が極端に肥大化したアンバランスなシルエットが特徴。右腕は単なる巨大発達にとどまらず、伸縮自在で広い攻撃範囲を持ち、また、遠くの物を掴んで身体を引っ張り瞬時に移動することで下半身の退化による緩慢な動きをカバーする役割も果たす。壁などに張り付いている時に攻撃しても、当たりこそするがダメージを与えられない。火炎弾が弱点。「バンダースナッチ」というコードネームは、イギリスの作家ルイス・キャロルの代表作の一つ『鏡の国のアリス』に登場する猛獣の名が由来。
蛾 ( Moth )
実験用に飼育されていた蛾がT-ウイルスの影響で巨大化した物。攻撃はしてこないもののリン粉に強力な毒性を有しており、吸い込むと毒に侵されてしまう。動く物に卵を産みつける習性があり、気が付いたときに取り去らなければ、幼虫が孵化して毒牙で噛み付いてくる。体力は低いのでどんな攻撃でも1撃で倒せるが、倒しても部屋を出ると復活する。
クモ ( Black widow )
ラクーンシティでの事件から得たデータを元にアンブレラが研究開発したB.O.W.。従来のシリーズに登場していたクモ型のクリーチャーとは素体が違っており、外見も大きく異なる。紫色の毒々しい腹部と細長い脚を持つ。本作にはサイズ別に3種類が登場する。従来のシリーズと異なり硫酸弾が弱点である。
大クモ
南極に1匹だけ登場するクリーチャーで、ボスキャラのような存在。環境に適応した個体が更に巨大化したもので、クレーン操作室を潰してしまうほどの力を持ち、天井や壁を這い回り、毒液と引っかきを駆使してクリスに襲い掛かってくる。腹部に大量の小クモを宿しており、腹部が破壊されると一斉に飛び出してくる。
中クモ
従来のシリーズに登場するものに近いサイズだが、若干小さい。素早い動きで近寄り噛みつき、毒液を飛ばしてくる。腹部が破壊されても頭胸部だけで動きまわり飛びついてくるため、頭部への攻撃が効果的である。
小クモ
大クモの腹部が破壊されると出てくる物で、正面の敵に飛び掛って攻撃してくるが、踏み潰すだけで倒せる。
ハンター改 ( Hunter )
『1』に登場したハンターαを、ウェスカーの所属する組織が改良した物。外見はαに似ており行動パターンもほぼ同じだが、「自走式監視機」と呼ばれるサポートメカによりある程度の行動制御が可能となっている。ゲームが進むと「スウィーパー」と呼ばれる改良型が登場、こちらは体色が赤紫で、爪に毒が仕込まれている。本作では即死攻撃が「首狩り」から「ツメ振り下ろし」になっている。右利きで硫酸弾が弱点。なお、自走式監視機を破壊することは出来ない。
アリ ( Ant )
ウイルス研究のためにアレクシアが飼育していたアリ。T-Veronicaの投与により巨大化し、凶暴性も増している。南極基地に巨大な蟻塚を形成しており、その周囲に生息。近寄る物に積極的に噛みつき、ブーツを履いていてもダメージを受けてしまう。性質は小クモと同じで、踏み潰して倒す事もできるが無限に湧いてくる。
アルビノイド ( Albinoid )
ロックフォート島に生息するサンショウウオにT-ウイルスの投与と遺伝子操作を施して生み出したB.O.W.。水陸両用に開発されている。幼体は地上を素早く這って移動、身体に帯電し、接触した者を攻撃する。十数時間で体長2mほどの成体へ成長。成体には手足が形成されているが地上の移動は苦手であり、水中で能力を発揮する。体から放電して水中を伝わせ遠距離まで攻撃する。作中では逃げ出した幼体の中の1体が成体となって襲ってくる。水中にいるため対B.O.W.ガス弾が効かないほか、ロケットランチャーの攻撃を当てられない(体勢が低い上に、部屋の構造上“壁にランチャーを当てて爆風での攻撃”もできない)。
触手 ( Tentacle )
アレクシアの覚醒と共に南極基地に現れるクリーチャーで、T-Veronicaとの共生により生み出されたアレクシアの一部。アレクシアの意思により動き、伸縮自在で時には数kmも伸びる。力も非常に強く、雪上車を軽々とひっくり返すほど。基地のあらゆる所から現れるが、接近しなければ攻撃されない。
タイラント ( Tyrant )
アンブレラの研究により生み出された究極のB.O.W.。『バイオハザード2』に登場したタイプと同じ量産型の物がベースで、コードはT-078。ラクーンシティの事件以前にロックフォート島に持ち込まれ、カプセルの中で冷凍保存されていたが、島から脱出しようとするクレア達を妨害するべくアルフレッドが目覚めさせた。連絡通路と輸送機のカーゴルームの2箇所で戦うことになる。本来は生命の危機に陥ると解除されるリミッターが、最初から外され暴走状態になっており、実質的にはスーパータイラントに近い。腕部は鉄球のような特殊な変異を遂げており、破壊力は大きい。従来のタイプと同じく、止めを刺すにはある特殊な方法が必要となる。
ノスフェラトゥ ( Nosferatu )
アレクシア・アシュフォードのT-Veronicaを用いた研究の過程で生まれたクリーチャー。その実態はアレクシアの父であり当時のアシュフォード家当主・アレクサンダーの成れの果てである。実験体として不完全だったために破棄され、南極研究所に監禁されていた。体細胞がガン化しており、15年間に及ぶ水も食料も無い監禁状態を生き延びた。身体に特殊な毒素を備えており、これに侵されると専用の血清でしか解毒できない。監禁時の名残として、手足は拘束具によって自由を奪われており、また目隠しにより目も見えていないが、背中の触手と体内で生成した毒液を気化させた毒霧を使って攻撃する。胸にある剥き出しの心臓が弱点で、スナイパーライフルかナイフで狙うことができる(それぞれ止めを刺した際に専用のムービーが挿入される)。「ノスフェラトゥ」の呼び名は上記の事情を知らない研究所職員が後に付けた物で、その由来は「不死者・吸血鬼」を意味するルーマニア語から(同名の吸血鬼映画も存在する)。
モンスター化スティーブ ( Steve monster )
アレクシアによりT-アレクシア(T-Veronicaの未完成版)を投与されたスティーブ。アレクサンダー同様ウイルスとの共存に失敗したことで、巨大化し爬虫類のような緑の皮膚を持つ異形の存在と化し、スティーブの面影は頭部に多少残っている程度。手にした斧を振りまわしての攻撃は桁外れの破壊力を持ち、VERY EASY以外では2発食らうだけでゲームオーバーになってしまう。弾薬を打ち込むと仰け反ることがあるものの倒すことは絶対に出来ないため、逃げるしかない。
アレクシア ( Alexia )
アレクシア・アシュフォードが、研究開発したウイルス「T-Veronica」を自身に投与、15年間に渡るコールドスリープを経てウイルスと共生し、進化したクリーチャー。元の人間としての意思を有しているが、進化する毎にその姿は人間からかけ離れて行く。
第1形態
目覚めた直後のアレクシアが戦闘に際し姿を変えた物。体形は人型をとどめているが、肌は灰褐色になり、所々植物が絡みついたような姿になっている。外気に触れると発火する血液や、触れるだけで外敵を発火させるなどの特殊な能力を有しており、捕まると体内に直接高熱を送り込まれて即死する。傷を負い血液が流れるとそこから発火し、体内から消化液を出して攻撃してくる。
第2形態
第1形態から変容し巨大な女王蟻のようになった物で、すでに人としての姿は留めていない。巨大な根のような触手を振り回し、毒液を吐き、攻撃生物をその胎内から生み出してくる。上半身、下半身それぞれに当たり判定を持っており、下半身への攻撃の方がダメージが大きく、また、中段攻撃で境目の部分を攻撃すると上半身と下半身両方にダメージを与えたことになり、結果的にダメージ値は倍近くになる。
第3形態
第2形態で深刻なダメージを受けると上半身が腹部から離れて飛行形態を取る。その姿は女王蟻というより、蟻のエサにしていたトンボを連想させるのが皮肉である。兵隊蟻を統率する能力は失われており、攻撃方法も発火成分を持つ緑色の体液を撒き散らす程度。唯一人間の姿をとどめている顔面には、計画が失敗したことへの無念と憎悪が入り混じった複雑な表情が浮んでいる。
バトルゲームで登場する物を除きリニアランチャー以外の武器は一切効かないが、命中すれば一撃で倒す事ができる。ただしリニアランチャーは弾速が遅く、ただ狙って撃つだけではまず当らないため、動きを先読みする必要がある。

2009年02月08日

天安門広場

安門広場(てんあんもんひろば、中国語: 天安?广?、拼音: Tiān'ānmén Guǎngchǎng)は、中華人民共和国の首都・北京にある天安門に隣接する広場である。
明の成祖永楽帝による北京遷都のときには、すでに天安門広場の原形は存在した。天安門を出て、南に下ると「大明門」(清朝では「大清門」、辛亥革命後に「中華門」と改名)にいたる「千歩廊」と呼ばれる大通りと今の長安路にあった「長安左門」と「長安右門」の間を結んだ丁字形の空間である。1954年に「千歩廊」の左右の官庁と倉庫群を取り壊し、中華門と長安左右門を撤去して今の天安門広場ができた。そのときあわせて人民英雄紀念碑が建てられた。1976年に毛沢東が死去すると、翌年にかけて広場の南に毛主席紀念堂が建てられた。
ブロース フィンガ チボウ ハロゲン アゴニスト リバタ シェル ハーフ あまおう スカム シャーク ステコミ ジャブ ブレー スリー フィッシュ ポプラ ロユリ ランブル さとち マリン マンディー プラク ヒール ルノー リスト ドオオ ヒット ダンス にしなり ブール マレー ビアン ハイタッチ デッキ エイド タグ最強 ホップ ラッチ サブリ ジェイリ タバスコ ワンダン ステーキ 恋人たち プレス オフィス レイシズ とまや バージャケ

最大で50万の人々を収容でき、国家行事や歴史上の大事件の舞台となってきた。そのため幾度となく革命運動の舞台にもなり抗争が起こってきた。

構造
南北880m、東西500mの世界最大の広場。敷石は花崗岩。北は北京一の大通りである長安路で、その向こうに紫禁城(故宮)の入り口・天安門がある。広場の中は、北から人民英雄紀念碑、毛主席紀念堂、正陽門(前門)があり、広場の西には人民大会堂(全国人民代表大会議事堂)、東には中国国家博物館(旧・中国歴史博物館および中国革命博物館)がある。これは、太陽の昇る方角を過去、沈む方角を未来に比喩したものである。

周囲の歩道の敷石にまじって長方形の鉄板が敷かれている部分があり、下に水を流せる構造になっている。大人数の集会等がある際には、鉄板をはずして周囲を天幕で覆い、臨時のトイレとして使用できる。

広場の様子
国内外の観光客であふれているが、国家のシンボル的施設でありるため多数の警備兵がパトロールしており、かつて2回の天安門事件が起きた場所でもあるため、中国政府や中国共産党に批判的なデモなどの発生が、再び起こらないようにする取り組みが行われている。広場の北部に国旗掲揚台があり、毎日、日の出と日の入りに合わせて、警備兵による国旗の揚げ降ろしの儀式が行われる。この様子は地方からの団体観光客に人気であり、相当早く現地に行かないと前の方で見学できない。また夜間は特定日を除き立ち入り禁止となる。

人民英雄紀念碑(じんみんえいゆうきねんひ)は、中国の首都北京の天安門広場にある中国革命の英雄を記念するために建てられた碑である。1958年につくられた。表面(北面、従って天安門からみえるのはこちら側)には毛沢東による金文字(昔は英雄たちの血をあらわす赤文字だった)の「人民英雄永垂不朽」(人民の英雄は永遠に不滅だ)の揮毫、裏面(南面)には周恩来による顕彰文の揮毫が刻まれている。裏面の顕彰文は

「人民英雄紀念碑
三年以来在人民解放?争和人民革命中?牲的人民英雄們永垂不朽
三十年以来在人民解放?争和人民革命中?牲的人民英雄們永垂不朽
由此上溯到一千八百四十年从那時起?了反?内外?人争取民族独立和人民自由幸福在歴次鬥争中?牲的人民英雄們永垂不朽
一九四九年九月三十日 中國人民政治協商會議第一届全体會議建立」

本文の大意は「ここ3年来の人民解放戦争と人民革命によって犠牲になった人民の英雄達は永遠に不滅だ!(1946年からの国共内戦を表す。)
ここ30年来の人民解放戦争と人民革命によって犠牲になった人民の英雄達は永遠に不滅だ!(1919年の五四運動以降の抵抗運動・抗日戦争を表す。)
ここから1840年まで溯った時から内外の敵に反対し、民族の独立と人民の自由と幸福を勝ち取るための毎回の闘争の中で犠牲になった人民の英雄達は永遠に不滅だ!(1840年のアヘン戦争以降の諸抵抗運動(太平天国の乱や義和団事変・辛亥革命等を含む)をあらわす。)」。

台座部分には中国近代史における主な事件(アヘン戦争の原因となった1839年の林則徐の広東省虎門でのアヘン焼却事件「虎門銷煙」、太平天国の乱のきっかけになった1851年の「金田蜂起」、辛亥革命のきっかけとなった1911年の「武昌蜂起」、1919年の北京での「五四運動」、1925年の上海での労働者のデモにイギリス軍が発砲した「五・三〇事件」、1927年に江西省で起こった国共内戦の始まりであり中国人民解放軍の誕生とされる「南昌蜂起」、1937年からの「日中戦争」、1946年からの第2次国共内戦の一つで中国共産党の勝利を決定的にした1949年4月の「長江渡江戦争」)のレリーフが彫られている。

完成当時からしばらくは直接触れることが出来たが、度重なる革命運動や二度の天安門事件の舞台になったことにより、現在では警備兵が常に監視し近寄れなくなっている。

2009年01月23日

海綿(かいめん)

海綿(かいめん)とは海綿動物門 Porifera に属する動物の総称である。熱帯の海を中心に世界中のあらゆる海に生息する。淡水に生息する種も存在する。壺状、扇状、杯状など様々な形態をもつ種が存在し、同種であっても生息環境によって形状が異なる場合もある。大きさは数mmから1mを越すもの(南極海に生息する樽状の海綿 Scolymastra joubini)まで多様である。多細胞生物であるが、細胞間の結合はゆるく、はっきりとした器官等の分化は見られない。細かい網目状の海綿質繊維からなる骨格は、スポンジとして化粧用や沐浴用に用いられる。

海綿は表面に小孔と呼ばれる数多くの孔をもち、ここから水と食物をとりこんでいる。また、大孔とよばれる開口部が上部にあり、ここから水を吐き出している。胃腔と呼ばれる内側の空洞部には鞭毛をそなえた襟細胞が多数あり、この鞭毛によって小孔から大孔への水の循環を引き起こしている。

海綿の体内には大量の微生物が共生しており、種によっては全体積の 40% を微生物が占める[1]。その多くが海綿体内からのみ発見される種である。現在、細菌と古細菌双方に、Poribacteria(カイメン Porifera に因む)やTahumarchaeota(Cenarchaeumなど)といった新しい門 が提唱されている[2]。

生殖
生殖は無性生殖と有性生殖の双方を行う。無性生殖として体表から芽が成長して繁殖するほか、芽球と呼ばれる芽を体外に放出して繁殖する種もある。有性生殖も多様であり、雌雄同体と雌雄異体の双方の種がある。多くの種では受精後、幼生になるまでは親の体内で育つ胎生であるが、卵生の種も存在する。

発生
発生の過程において、外胚葉や内胚葉といった胚葉の形成は起こらない。また、多細胞でありながら明瞭な器官の分化が見られない。このため、海綿動物門および平板動物門(同様に組織の分化が見られない)は側生動物 Prazoa として、器官系が分化したその他の動物である真正後生動物 Eumetazoa とは区別されている。襟細胞が襟に囲まれた鞭毛をもつことから、単細胞生物の襟鞭毛虫(えりべんもうちゅう)と海綿動物との類似性が古くから指摘されてきた。このことから、以前は海綿動物は襟鞭毛虫の群体から派生したもので、多細胞動物とは系統が異なるものではないかとも言われたこともある。しかしながら、海綿動物にはホメオボックス遺伝子、TGB-β遺伝子など、多細胞生物としての分化、発生に関わる遺伝子群が既に存在していることが明らかになってきており、他の多細胞動物との差はそう大きなものではないとの証拠も挙がっている。

後生動物との系統関係
先述のように、従来はこの群が他の後生動物とは別の系統に属するとの説があった。しかし分子系統学等の情報から、多細胞動物は襟鞭毛虫の群体が起源であると考えられるようになり、海綿動物は最も原始的な多細胞動物であるという説があらためて提示されている。従って、動物は総て祖先を共有する単系統群であると考えられている。

しかしながら、最古の多細胞動物の化石であるエディアカラ生物群からは刺胞動物によく似た生物が見つかっていることから、 刺胞動物の幼生に類似した単細胞生物の繊毛虫のようなものが多細胞動物の起源であるという考えも残っている(繊毛虫類起源説、ciliate theory)。

分類
石灰海綿綱 Calcarea
骨格の主成分は炭酸カルシウムで、総て海産の海綿動物である。
カルキネア亜綱 Calcinea
ロイケッタ目 Leucettida
クラトリナ目 Clathorinida:クラトリナカイメン
カルカロネア亜綱 Calcaronea
アミカイメン目 Leucosolenida:カゴアミカイメン
ツボカイメン目 Syncettida:ケツボカイメン
ファレトロニダ亜綱 Pharetronida
ペトロビオナ目 Inozoa
ソラシア目 Sophinctizoa
普通海綿綱 Demospongiae
現生する海綿の95%がこの綱に属している。骨格はかなり柔軟性のある海綿質繊維の「スポンジン」で構成されている。スポンジンの主成分は、他の総ての動物がもつ細胞外マトリックスであるコラーゲンの祖先物質である。
同骨海綿亜綱 Homosclromorpha
同骨海綿目 Homoscleromorhida:ノリカイメン
四放海綿亜綱 Tetrectinomorpha
有星海綿目 Choristida:アツカワカイメン
螺旋海綿目 Spirophorida:グミカイメン・トウナスカイメン
イシカイメン目 Lithistida
硬海綿目 Hadromerida:パンカイメン・ユズダマカイメン
中軸海綿目 Axinelida:ツノマタカイメン
角質海綿亜綱 Ceractinomorpha
網角海綿目 Dictyoceratida:モクヨクカイメン
樹状角質海綿目 Dendroceratida
単骨海綿目 Haplosclerida:ムラサキカイメン・ザラカイメン・ワタトリカイメン
イワカイメン目 Petrocida
多骨海綿目 Poecilosclerida
磯海綿目 Halichondrida:ダイダイイソカイメン・クロイソカイメン
六放海綿綱 Hexactinellida
ガラス海綿ともよばれ、六放射星状のケイ酸質の骨片を主とする骨格を持つ。深海の砂地などに生息している。
両盤亜綱 Amphidiscophora
両盤目 Amphidiscosa
六放星亜綱 Hexasteriphora
六放目 Dictynia
カイロウドウケツ目 Lyssacina:カイロウドウケツ
アウロキスチス目 Lycniscosa
硬骨海綿綱 Sclerospongiae
炭酸カルシウムの骨格の周囲をケイ酸質の骨片と海綿組織が取巻いている。多くが化石種である。
アストロスクレラ目 Astrosclerida
ケラトポレラ目 Ceratoporellida
床板海綿目 Tabulospongida
ヨツバ コルヒチ モネ しおざけ ネルガ ポッド あめりか フレーズ めいわ ラッピ ビンカミン ハザード ソロモン サブライ イシミカ ナシ ティング トラス プライス インチ ネオン コスト ミラショーン レコード カカオマス 白い微笑 ハンドメイド チェンジ Sロガー レンディー パネル 霜の花 レモン テレワ スター ラオオ チュニス ナビラメ きょくし ぽろり モデラート レンジ はさま ハマメリス プログラ ルフィ アゲート フクジ トリッキー マツバ

人間との関わり
普通海綿綱に属する6種の海綿は海綿質繊維だけからなり、かたい骨片をもたないため、スポンジとして化粧用や沐浴用に用いられる。地中海産、紅海産の海綿が柔らかく、品質が高いとされる。海底で捕獲した海綿の組織を腐敗させ、のこった骨格を洗い流したものが、スポンジとして店頭でみられる海綿となる。日本では、ガラス海綿の一種であるカイロウドウケツなどが、その姿のおもしろさなどから飾りなどに使われた。

海綿は水中に浮遊する食物を濾過摂食するため、水質汚濁の原因となる水中の微生物や有機物を除去する役割を果たしている。カスピ海では海綿を水質浄化に用いている[要出典]。

カイメンからは複雑な構造をもつ有機化合物が多数発見されており、医薬品の候補として期待されている。抗 HIV 薬として用いられているジドブジンはカイメン由来の天然物と類似した構造をもっており[3]、他にもハリコンドリンB[4]や環状グアニジン類[5]などが抗がん剤や抗 HIV 薬、抗マラリア薬として作用することが確認されている。

2009年01月16日

出撃直前の6月1日

月のかげ ラビオリ サターン ドレス りんね テクノ ブッシュ スパイダ オーバー ブイエ ふたり星 天下り カウント ターボト リフォ プロライツ ロデオ ワーク ション 雲水 会津か シルバ カマーバ バッファー デビット ガボンド ジャップ ティー あの町 スペア ポール ブイトール ローリング オートミー トルマ ビュー ワッフ セサミ ナビマス モチの木 へんぱ シャーマ アカウンテ ストーク ナレータ しちか ブリックス タンパ アカハラ ロケハン

出撃直前の6月1日、清盛の西八条邸を多田行綱が訪れて平氏打倒の謀議を密告した(『平家物語』、ただし『愚管抄』は清盛が福原を立つ前に行綱と会見していたという)。『愚管抄』によれば、後白河が静賢の鹿ケ谷山荘に御幸した際、藤原成親・西光・俊寛が集まり平氏打倒の計画が話し合われ、行綱が呼ばれて旗揚げの白旗用として宇治布30反が与えられたという(ただし、慈円はこの事件に関する記述については「一定の説は知らねども」と真相を確認した訳ではないとも記している)。また『平家物語』によれば、成親が立ち上がって瓶子(へいじ)が倒れ、後白河が「あれはいかに」と問うと成親が「平氏(瓶子)たはれ候ぬ」と答え、俊寛がそれをどうするか尋ねると西光が「頸をとるにしかず」と瓶子の首を折り割ったという。なお、この会合を比叡山攻撃の方針を確認した会合に過ぎなかったとする見解もある。多田行綱は明雲捕縛に失敗したという行きがかりがあり、会合の目的が延暦寺攻撃・平氏打倒のいずれにしても何らかの軍事行動に加わる立場にあったと推定される。

清盛は直ちに西光を呼び出して拷問にかけ、全てを自供させると首を刎ねた。同じく呼び出された成親も拘束された。成親の妹を妻にしていた重盛は、命だけは助かるようにすると成親を励ましたという(『愚管抄』)。西坂本まで下っていた山門の大衆はこの動きを知ると、清盛に使者を送り敵を討ったことへの感謝を述べて山へ戻っていった。4日、俊寛・基仲・中原基兼・惟宗信房・平資行・平康頼など参加者が一網打尽にされ、5日、明雲が配流を解かれた。9日、尾張に流されていた師高が、清盛の家人の襲撃を受けて惨殺、成親は一旦は助命されて備前国に配流されるが、食物を与えられず殺害されてしまった。

影響
謀議が事実であったかどうかは当時でも疑問視する向きが多く、西光と成親が清盛の呼び出しに簡単に応じていることから、平氏側(清盛)が院近臣勢力を潰すため、もしくは山門との衝突を回避するためにでっち上げた疑獄事件の可能性もある。清盛が狙いをつけたのは院近臣の中核である西光・成親で、後白河には手を下さず福原に引き上げた。後白河は「こはされば何事ぞや、御とかあるべしとも思し召さず」と白を切ったという。また、清盛も後難を恐れて院御所への出仕を拒む諸臣に出仕を命じている(『玉葉』6月3日条)ことから、この時点で後白河への処分を見送ったと考えられている。

延暦寺攻撃という後白河の命令に清盛が抵抗した理由については次の理由が考えられている。当時の人々は神罰や仏罰の存在を真実であると考えられていた。しかも平安京を仏法で守護していると信じられてきた延暦寺を攻撃するともなれば、ただでは済まされず必ず仏罰を受けると思われていた。これは、『平家物語』のこの事件の件において、かつて関白藤原師通が延暦寺大衆の攻撃を命じた仏罰を受けて死亡したという故事を載せていることからも理解可能である。特にそれを命じたのが治天の君であり、「王法」の代表者とされた後白河であったことは、王法と仏法の相互依存によって国家が守護されるという「王法仏法相依」理念の崩壊を意味することにもなりかねない深刻なものであった。実際に攻撃を命じられた清盛の立場からすれば、延暦寺攻撃による因果応報によって自己及び平家一門が仏罰を受けて滅亡するという事態を危惧するのことは十分に考えられ、それを強制的に平家一門に行わせようとした後白河及び院近臣に何らかの意図を疑う余地があったと考えられる[1]。「延暦寺攻撃命令=平氏一門滅亡の謀略」という発想は、その後の足利義教や織田信長の比叡山焼き討ちの事実を知る後世の人々には突飛に見えても、清盛及びその時代の人々には通用する構図であったと考えられるのである。

一方、重盛は、白山事件で家人が矢を神輿に当てる失態を犯したのに加え、妻の兄が配流されて助命を求めたにも関わらず殺害されたことで面目を失い、6月5日に左大将を辞任した。この結果、宗盛が清盛の後継者の地位を確立した。清盛は山門との衝突を回避し、反平氏の動きを見せていた院近臣の排除に成功したが、清盛と後白河の関係は修復不可能なものとなり治承三年の政変(1179年)へとつながっていく。